研修やワークショップのファシリテーターを務める方は、開始前やワーク中にBGMを掛けることがあるでしょう。選曲・音量・シーンの設計しだいで、参加者の発言量や集中度、そして研修全体の体感品質が大きく変わります。

一方で、2025年以降はオンライン研修(Zoom/Teams/Meet)での音声ルーティングやJASRAC・NexTone管理楽曲の扱いも実務上の論点になってきました。本記事では、BGMを「選ぶ」「流す」「切る」の3工程で整理し、対面・オンライン両方でそのまま使える運用ガイドとしてまとめます。

BGMで流す音楽として一般的に言われているのは以下の3原則です。

1. 日本語の歌詞でないもの(洋楽・インストゥルメンタル)
2. 有名なCM・ドラマ・映画を想起させないもの
3. 著作権がクリアになっているもの

それぞれの原則の背景を、次のセクションから順に解説していきます。

BGMは参加者の思考を奪うことがある

特にワーク中のBGMは、選曲を誤ると参加者の思考資源を奪います。頭の中のワーキングメモリーは有限で、その一部が音楽の処理に回ってしまうからです。

よく知っているCM・ドラマ・映画の曲が流れると、頭は無意識にそのシーンや登場人物を思い浮かべ、ワークから意識が剥がれていきます。

日本語の歌詞は「読もうとする」脳を動かしてしまう

日本語の歌詞は、たとえ知らない曲であっても、母語話者の脳は自動的に歌詞を解釈しようと働いてしまいます。これは心理学で言う「カクテルパーティ効果」の逆側の現象で、自分にとって意味のある言語が流れると、意識はどうしてもそちらに引き寄せられます。

「難しい曲」も集中を阻害する

逆説的ですが、ジャズやクラシックの中でも転調が多く展開が凝った曲、テンポ変化が激しい曲は、音楽そのものが注意資源を要求します。ワーク中BGMとしてはやや退屈なくらいのシンプルなループ曲が、実は最も邪魔をしません。

研修での音楽使用と著作権の基本

「研修でCDやストリーミングの曲を流すのは著作権に抵触しないか?」という質問はよく頂きます。結論としては、原則として著作権者の許諾が必要な場面が多いです。

公益社団法人著作権情報センターのFAQがわかりやすいので、実務担当者の方は一度目を通しておくと安心です。

公益社団法人著作権情報センター「はじめての著作権講座」第7回: 音楽の著作権

私的使用のための複製(著作権法第30条)
自分自身や家族など限られた範囲内で利用するために著作物を複製することができる。ただし、デジタル方式の録音・録画機器等を用いて著作物を複製する場合には、著作権者に対し補償金の支払いが必要。コピープロテクション等技術的保護手段の回避装置などを使って行う複製については、私的複製でも著作権者の許諾が必要。

非営利目的の演奏など(著作権法第38条)
営利を目的とせず、観客から料金をとらない場合は、著作物の上演・演奏・上映・口述(朗読)などができる。ただし、出演者などは無報酬である必要がある。

社内研修は「私的使用」になるのか

社員研修はそもそも業務の一環であり、研修運営者(社内人事・外部講師)は報酬を得ている場合が一般的です。そのため、「私的使用」にも「非営利目的」にも該当しないと解釈されるのが通説です。

つまり、市販CDやSpotifyなど個人向けサブスクリプションを研修で流すと、厳密にはJASRACなどの著作権管理団体に対して利用許諾が必要になる可能性があります。

もっとも安全な選択肢は「著作権フリー音源」

実務上、研修担当者にとって最も現実的な解は、著作権フリーもしくは商用利用可の音源を使うことです。次のセクションで代表的な配信サイトをまとめています。

研修で使える著作権フリー音源5選

下記はいずれも、企業研修・社内勉強会・ワークショップで利用実績が多く、商用利用を含めて利用規約が明確な日本語配信サイトです。利用前に各サイトの最新規約を必ずご確認ください。

1. DOVA-SYNDROME

DOVA-SYNDROMEはフリーBGM配信サイトの老舗。アーティスト別に楽曲ジャンルが整理されており、研修シーンに合わせやすい落ち着いたインストが豊富です。個別楽曲ごとに利用規約が付いているため、商用研修での使用時はページ確認が必要。

2. 甘茶の音楽工房

甘茶の音楽工房はジャンル検索・ムード検索が秀逸。「ほのぼの」「おしゃれ」「ピアノ」などのタグから雰囲気で選曲できるため、アイスブレイク時間帯のBGM選びに適しています。

3. 魔王魂

魔王魂は効果音・ジングルも豊富。タイマー終了音や拍手音など、研修運営中の「切り替え音」としても便利です。

4. YouTube Audio Library

YouTubeクリエイター向けに提供されている公式ライブラリ。ジャンル・ムード・楽器・時間長でフィルタ可能で、BGMと効果音をまとめてダウンロードできます。利用条件は「YouTubeコンテンツで利用可」が基本ですが、研修内限定利用なら実務上の問題は起きにくい領域です。厳密な運用は規約を要確認。

5. Audiostock(有料)

Audiostockは有料サービスですが、法人向けのライセンスが明確で、外部講師として他社研修で使う場合の「商用利用・業務利用」の可否判断が容易です。クオリティの高い曲が多く、開催頻度が高い研修会社・講師には向いています。

サイト 特徴 商用利用
DOVA-SYNDROME 老舗・ジャンル別整理 曲ごとに要確認
甘茶の音楽工房 ムード検索が秀逸 原則OK(要規約確認)
魔王魂 効果音・ジングル豊富 原則OK(要規約確認)
YouTube Audio Library フィルタ豊富 YouTube前提
Audiostock 法人ライセンス明確・高品質 有料・明確

まずはどれを選ぶか

社内研修で手早く始めるなら、DOVA-SYNDROME または 甘茶の音楽工房で「落ち着いた」「ゆったり」系のインストを10〜20曲プレイリスト化しておくのが定石です。商用利用がグレーな楽曲を避けるなら、Audiostockを導入する判断もあります。

ボリューム調整で「話しやすい場」をつくる

BGMの効果はもう一つあります。場づくりです。東京大学の中原淳教授は、著書『知がめぐり、人がつながる場のデザイン』の中で、研修・ワークショップ前のBGMについて次のように記述しています。

参加者が入ってきたばかりで、まだ会場が静かなあいだはBGMのボリュームはやや上げ気味にしてあります。人は静かな空間では恥ずかしがってあまり話そうとしないため、わざと少しだけ音量を大きくするのです。

すると、参加者は自ずとちょっと大きめの声で話します。そこでさらに音量を上げると参加者の声はますます大きくなり、会場はざわめきはじめます。

ただし、そのままだと参加者がうるさく感じはじめるため、そうなる手前ぐらいで今度はボリュームを少し落とします

体験型研修やワークショップでは参加者同士の対話・ディスカッションで発言してもらう機会が多いため、参加者が会場内で一度は声を発していること、あらかじめテーブル内で話しやすい雰囲気をつくることが、とても重要になります。

音量設計の実務フロー

中原教授のアプローチを実務的に整理すると、次の4ステップになります。

1. 開場〜参加者入場: やや大きめ(話し声が潰れない程度)
2. 雑談で盛り上がってきた: さらに2〜3段階上げる
3. うるさく感じる直前: 2段階下げる
4. 講師が話し始める直前: フェードアウト or ミュート

手元のスマホ・ノートPCで再生する場合、iTunes/Apple Musicのクロスフェードや、YouTube Premiumのバックグラウンド再生を使うと、曲間の無音ができず雰囲気が途切れにくいです。

シーン別BGMの選び方ガイド

研修のどのシーンでどんなBGMを流すかは、狙いによって使い分けます。以下は実務でよく使われる組み合わせです。

シーン 推奨ジャンル 音量の目安
開場・アイスブレイク アコースティック、ボサノバ、ほのぼの系 やや大きめ
個人ワーク 静かなピアノ、アンビエント(歌詞なし) 小さめ
グループディスカッション テンポ中速のインスト、ジャズ(歌詞なし) 中音量
発表・プレゼン BGMなし(or 非常に小さく) ミュートまたは最小
振り返り・クロージング 情感のあるピアノ、ストリングス 小〜中音量

ディスカッション中はあえて音量を上げる理由

グループディスカッション中は、BGMを切ると隣のグループの会話が気になって集中が削がれます。ある程度のBGMがあったほうが、自分たちの会話に集中しやすくなります。これは「マスキング効果」と呼ばれる現象です。

発表・プレゼンはBGMを切る

発表中に音楽が流れていると、聞き手の注意が分散し、発表者の声も埋もれます。プレゼン中はBGMなし(または最小音量)がセオリーです。

オンライン研修でのBGM運用

2025〜2026年のハイブリッド/完全オンライン研修の普及により、BGM運用もZoom・Teams・Google Meetといったオンライン会議ツール上での設計が必要になりました。

原則: オンラインではBGMは最小限

対面研修とオンラインで大きく違うのは、音声品質がBGMに食われやすい点です。ツール側の音声処理(ノイズキャンセル・エコー除去)がBGMを「ノイズ」と誤認し、発言音声ごとカットしてしまうケースがよくあります。

結論として、オンライン研修では「原則BGMを流さず、必要なシーンだけ短時間で流す」運用が安全です。

Zoomの「オリジナルサウンドを保持」設定

Zoomでは「オリジナルサウンドを保持」をオンにすると、ノイズキャンセリングが緩和され、BGMもそのまま配信されます。ただしマイクの生活音や環境音も拾いやすくなるため、BGMを流す場合は「講師側のみオン、参加者側はオフ」の運用が一般的です。

Teams・Meetでの対応

– **Microsoft Teams**: 「ハイフィデリティ音楽モード」を有効にすることで音楽配信品質が向上。ただし PC パワーを要する。
– **Google Meet**: ノイズキャンセルをオフにするオプションあり。楽器演奏・音楽共有時に推奨されている設定。

BGMを流す代わりにできること

オンライン研修でBGMの代替として機能するのは、次のような工夫です。

・ブレイクアウトルーム移行時のアナウンス音(5秒程度)
・ワーク開始・終了のチャイム音で場を切り替える
・事前に配布する「個人ワーク中に聞くと集中できるプレイリスト」(自己責任で各自が使用)

対面と同じ感覚でBGMを垂れ流すと、音声品質を損ねる可能性が高いので注意しましょう。

BGMを使わないほうがいいケース

BGMは万能ではありません。以下のような場面では、BGMをあえて使わないほうが学習効果が高まります。

1. 深い内省・シリアスなテーマのワーク

ハラスメント研修、メンタルヘルス、1on1ロールプレイなど、感情を伴うテーマではBGMが邪魔になります。無音のほうが参加者が内面に向き合いやすく、発言の重みも増します。

2. 集中して数値処理・論理演算を行うワーク

財務・統計・プログラミング研修のようなワーキングメモリを大量に使うワークでは、軽いBGMでも処理速度を落とすことがあります。個人作業中は無音を基本にするのが安全です。

3. 参加者に聴覚過敏の方がいる場合

ASD特性や聴覚過敏のある参加者にとって、BGMは強いストレス源になり得ます。事前アンケートや研修冒頭のチェックで、BGMの有無を柔軟に切り替えられる準備をしておくと安心です。

よくある質問(FAQ)

Q1. 社内研修でSpotifyの曲を流すのはアリですか?

原則としてアウト寄りです。Spotifyなどの個人向け音楽サブスクリプションは「個人利用」を前提にしており、研修や社内イベントでの再生は利用規約違反になる可能性があります。著作権フリー音源を使うのが実務的に安全です。

Q2. YouTubeの公式動画をBGMとして流すのは?

アーティスト公式チャンネルの曲をYouTubeで再生するのは、厳密には「公衆送信権」の論点が残ります。社内研修程度であれば摘発リスクは低いものの、企業コンプライアンス的には著作権フリー音源の使用を推奨します。

Q3. BGMのプレイリストはどのくらい準備すればいいですか?

1日研修なら3時間分(30〜40曲)を基準に用意すると、繰り返し感が出ずに済みます。同じ曲が1日に2回流れると「さっき流れた」という違和感が出やすいので、やや余裕を持った曲数を揃えておきましょう。

まとめ

研修・ワークショップでのBGMは、「選ぶ・流す・切る」の3工程で整理できます。

1. 開始前は音量でざわめきを作り、話しやすい雰囲気を用意する
2. ワーク中は日本語歌詞・有名CM曲・難解な曲を避ける
3. 著作権が明確な音源(フリー素材 or 法人契約ライセンス)を選ぶ
4. ディスカッションは中音量、発表はBGMなしで声を立たせる
5. オンライン研修では原則BGMを最小化し、切り替え音で代替する

BGMは正しく設計すれば、参加者の発言量・発言の質・集中度を同時に引き上げる強力な道具になります。ただし誤った選曲・音量で、学びの時間を奪ってしまうリスクもあります。ぜひ自社の研修設計に取り入れて、参加者が自然に話し出す場を作ってみてください。


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