ワークライフバランス制度の活用に必要な上司の支援
育児・介護の両立支援、時短勤務、在宅勤務、副業容認——制度としてのワークライフバランス(WLB)支援は、ここ10年で大きく整備が進みました。一方で、人事担当者様から「制度はあるのに、現場では活用されない」「申請をためらう社員が多い」というお悩みをうかがう機会は、むしろ増えています。
結論からお伝えすると、制度の有無ではなく「上司がその部下をどれだけ支援しているか」がWLB制度の実際の活用度を決めていることが、学術研究から示されています。本記事では、兵庫県立大学 細見正樹先生の論文を中心に、上司の支援がどのようにWLBを機能させるのか、そして管理職が明日から取り組める具体策までを整理します。
結論:制度があるだけでは機能しない。鍵は「上司の支援」にある
人事制度を整えただけではWLBは進みません。制度を利用しようとしたときに、「同僚や上司の業務負担が増えるのではないか」「評価に響くのではないか」という心理的ハードルが残るからです。
細見(2018)の研究は、そのハードルを越えるために必要なのは「さらに上の上司から、ミドルマネジャーへの支援」であることを明らかにしました。つまり、部下にWLB制度を使わせたいなら、まず管理職本人が十分に支援されている状態をつくることが先という、実務に直結する示唆です。
論文紹介:細見正樹「ミドルマネジャーの職場環境と従業員のワーク・ライフ・バランス」
根拠となる研究を詳しく見ていきます。
論文全文は以下のjstageから無料で閲覧できます。
ミドルマネジャーの職場環境と従業員のワーク・ライフ・バランス(細見正樹/兵庫県立大学)
研究の問い
この研究は、部下のWLB支援制度利用に対して、ミドルマネジャー(中間管理職)が寛容になるための条件を明らかにしようとしたものです。ミドルマネジャーは「部下を管理する立場」であると同時に「さらに上位の上司から管理される立場」という二面性を持っています。この二重構造が、WLB制度の運用を左右している、というのが研究の出発点です。
分析の対象と方法
調査では、ミドルマネジャーを対象に、次の3点を統計的に分析しています。
・部下のWLB制度利用に対する寛容度
・ミドルマネジャー自身が感じている職場環境(上司からの支援、業務負担、裁量など)
・両者の関係性
単に「管理職の個人属性(年齢・性別など)」を見るのではなく、管理職自身が置かれている職場環境との相互作用を捉えようとしている点がポイントです。
結果:上司からの仕事の支援がWLBを左右する
分析の結果として、次のことが示されました。
言い換えると、ミドルマネジャー自身が十分に支援されていれば、部下にもWLB制度を使わせやすくなる、という連鎖構造です。逆に、管理職本人が孤立していたり、業務量だけを背負わされている状態では、部下のWLB利用に対しても不寛容になりやすい、と考えられます。
解釈:WLBは「制度×人」で初めて機能する
この結果が示しているのは、WLBは制度単体では成立しない、ということです。制度を整備するだけでなく、「制度を運用する人=管理職」への支援を同時に設計しなければ、現場では使えないまま終わってしまいます。
では、その「上司の支援」とは具体的にどのようなものを指すのでしょうか。ここで参考になるのが、中原淳先生の『職場学習論』で示されている3つの支援パターンです。
「上司の支援」の3類型:業務支援・内省支援・精神支援
中原淳(2010)『職場学習論』では、職場における他者支援を、次の3つに整理しています。ミドルマネジャーへの支援を考えるときも、このフレームが便利です。
A. 業務支援:仕事そのものを助ける支援
業務支援は、仕事の進め方や知識・情報の提供を通じて、物理的に仕事を回りやすくするタイプの支援です。
・専門的な知識・スキルを提供する
・仕事の相談に乗る
・仕事に必要な情報を提供する
・仕事上必要な他部署との調整をする
・目標や手本となる
・自律的に動けるように任せる
ミドルマネジャーに対しては、特に「他部署調整のバックアップ」と「判断に迷う案件の相談相手になる」の2点が重要です。管理職が抱える業務は横の部署と利害がぶつかることが多く、上位の上司がそこに入ってくれるかどうかで、ミドルマネジャーの負荷は大きく変わります。
B. 内省支援:振り返りと視点の拡張を促す支援
内省支援は、管理職自身の気づき・学びを後押しする支援です。
・部下について客観的な意見を言う
・部下自身が振り返る機会を与える
・新しい視点を与える
ミドルマネジャーは、日々の業務に追われるあまり、自分のマネジメントスタイルを俯瞰する余裕を失いがちです。そこに対して「こう見えているよ」「別の見方もあるよ」と上位者が投げかけることで、視野を広げ、WLB制度の運用方針も柔軟に考え直せるようになります。
C. 精神支援:心理的な安心を支える支援
精神支援は、管理職が安心して仕事に向き合える土台をつくる支援です。
・精神的な安らぎを与える
・仕事の息抜きとなる
・心の支えになる
・プライベートな相談に乗る
・楽しく仕事ができる雰囲気を与える
「相談できる上位者がいる」という感覚があるだけで、ミドルマネジャーの心理的負担は大きく下がります。結果として、部下のWLB制度利用に対しても「自分が全部抱え込まなくてもいい」と感じられるようになり、寛容さが生まれるのです。
管理職が明日から取り組めるWLB支援の具体例
理論を踏まえたうえで、現場の管理職・その上位者が明日から取り組める行動を3つに整理しておきます。
・1on1でWLBの話題を先にテーブルに乗せる:部下から切り出しにくい話題なので、上司側から「育児・介護・体調など、仕事以外で気になっていることはある?」と定期的に尋ねる。
・制度利用時の業務再配分プランを事前に用意する:部下が時短や休業を申請してから慌てるのではなく、管理職+上位者で事前に「誰が何をフォローするか」の仮案を握っておく。
・ミドルマネジャー同士の横のつながりをつくる:同じ立場の管理職が相談し合える場を社内で設ける。孤立を防ぐだけで精神支援の効果が大きい。
制度を形骸化させないために組織ができること
個々の管理職の努力に任せる設計は、そのうち疲弊します。組織として以下のような仕組みを併走させると、WLB制度は回り始めます。
・WLB制度利用率を部門KPIの1つとして可視化する(管理職評価に反映)
・管理職研修の中に、「部下の家庭生活への配慮」を題材にしたワークを入れる
・上位管理職へのコーチング・メンタリングを制度化し、ミドルマネジャーが支援される経路を二重化する
これらはいずれも、「個人の善意に依存しない設計」に寄せていくための打ち手です。
ここまで整理してきた「上司の支援」を、管理職研修で体験として落とし込む手段として、弊社HEART QUAKEのビジネスゲーム研修を2つご紹介します。どちらもWLB支援の背後にある「マネージャーの意思決定」や「職場の相互支援」を擬似体験できる研修です。
プロジェクトテーマパーク(業務支援×意思決定訓練)

プロジェクトテーマパークは、チームでテーマパークを企画・建築しながらプロジェクトマネジメントを体験するビジネスゲーム研修です。限られたリソースの中で、メンバー間のタスク配分・進捗管理・トレードオフ判断を行うため、業務支援の本質である「資源配分と調整」を管理職が体感できます。

2026年4月現在、プロジェクトテーマパークの導入社数は約100社、受講者満足度は4.9(5点満点)となっております。所要時間は2〜3時間、推奨人数は3〜100名超で、管理職研修・新任マネジャー研修・部門キックオフなどで広くご活用いただいています。
プロジェクトテーマパークの詳しい実施の流れは、以下の記事をご覧ください。
メンタルヘルスゲーム「ストマネ」(精神支援×相互支援訓練)

ストマネは、参加者がそれぞれのキャラクターになりきって、ストレスが高まっていく状況の中でチームメンバーと助け合いながら乗り切っていくビジネスゲーム形式の研修です。管理職が部下のメンタル不調のサインに気づき、声をかけ、支援する——いわゆるラインケアを知識ではなく体験として学べる点が特長で、WLB制度を運用する立場の管理職研修に向いています。

2026年2月現在、ストマネの導入社数は約60社、受講者満足度は4.92(5点満点)となっております。所要時間は2〜4時間、推奨人数は4〜100名超まで対応可能です。
ストマネの詳しい実施の流れは、以下の記事をご覧ください。
お問い合わせ
どちらの研修も、管理職のWLB支援スキルを高める題材として活用いただけます。研修実施・資料請求をご希望の方は、以下のフォームよりお気軽にお問い合わせください。
まとめ
細見(2018)の研究は、WLB制度の実際の活用度を決めるのは制度の有無ではなく、「ミドルマネジャーが上司から十分に支援されているかどうか」であることを示しています。
その「上司の支援」を設計するフレームとして、中原淳『職場学習論』の3類型(業務支援・内省支援・精神支援)が参考になります。
・管理職本人が支援されている状態を先につくる
・業務・内省・精神の3側面を意識して支援する
・個人の善意ではなく、評価指標や研修設計で仕組み化する
この3つを押さえることで、WLB制度は「作っただけ」で終わらず、現場で回り始めます。管理職のマネジメント体験を体系的に育てたい企業様は、プロジェクトテーマパーク/ストマネもあわせてご検討ください。
細見 正樹(兵庫県立大学)
「ミドルマネジャーの職場環境と従業員のワーク・ライフ・バランス」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jaas/28/1/28_19/_pdf
中原 淳(2010)『職場学習論 仕事の学びを科学する』東京大学出版会
