「情熱のある人と、情熱のない人だったら、どちらを採用したいですか?」——多くの採用担当者は「情熱がある人」と答えるでしょう。しかし、心理学研究は「情熱には2種類あり、そのうち片方は本人のウェルビーイング(幸福度)を下げる」という意外な事実を示しています。

この記事では、ケベック大学のRobert Vallerand教授が提唱した「情熱の二元モデル(調和的情熱/執着的情熱)」を軸に、情熱とは何か、ウェルビーイングとの関係、組織での活かし方までを体系的に解説します。

情熱とは?

情熱とは、一般的には「強く燃えるような感情」「何かに夢中になる気持ち」として理解されています。仕事・スポーツ・趣味・人間関係など、何かに時間とエネルギーを注ぎたくなる強い動機が「情熱」と呼ばれるものです。

ただし、心理学の分野ではこの「情熱」をより厳密に定義し、実証的に研究する動きが2000年代以降本格化してきました。そのきっかけとなったのがケベック大学のRobert Vallerand教授による研究です。

心理学における情熱の定義(Vallerand, 2003)

Vallerand教授は情熱を次のように定義しています。

自分が好きで、重要だと感じ、時間とエネルギーを注ぎたいと思う活動に対する強い傾向

ポイントは「好きである」「重要である」「時間を投資したい」という3つの要素がそろっている点です。これら3つがそろうことで、その対象は単なる趣味ではなく、本人のアイデンティティの一部を形づくる「情熱の対象」になります。

日常語の「情熱」と心理学の「情熱」の違い

日常会話で使う「情熱」は感情の強さそのものを指すことが多いですが、心理学の「情熱(Passion)」は対象への継続的な関与傾向として捉えられています。

つまり、一過性の熱中ではなく、長期にわたってその活動を続けさせる、自分の中心に位置するエネルギー源のことを指します。この違いを押さえておくと、以降の議論が理解しやすくなります。

情熱の二元モデル|2つの情熱タイプ

情熱の二元モデル

Vallerand教授らの研究の最大のポイントは、情熱を「調和的情熱(Harmonious Passion)」と「執着的情熱(Obsessive Passion)」の2種類に分けたことです。見た目は同じ「情熱」でも、本人の幸福度や組織への影響はまったく異なります。

調和的情熱 (Harmonious Passion) とは

調和的情熱は、その活動に取り組むことが自分の生活全体と調和している状態です。好きな活動をしているときに、ワクワク・楽しさ・集中などのポジティブな感情を味わえ、活動を終えた後も気分が良い状態が続きます。

大事なのは、調和的情熱を持つ人は「やりたいからやっている」「やめたければやめられる」という自主性を保っている点です。自己決定感が強く、その活動が自分の他の領域(家族、友人、健康)を圧迫することがありません。

執着的情熱 (Obsessive Passion) とは

執着的情熱は、同じように強く活動に関与しているにもかかわらず、本人が「やらざるを得ない」「やめられない」という強迫的な感覚に駆られている状態です。

強迫的情熱とも訳され、活動をしないと不安になり、やめたいのにやめられず、その活動のために他の大切なこと(家族、健康、睡眠)を犠牲にしがちです。活動を終えた後に罪悪感や疲労感、不全感が残るケースも多いとされます。

2タイプの早わかり対比表

2つの情熱タイプの違いを整理すると次のようになります。

比較軸 調和的情熱 執着的情熱
動機の源 自分で選んで取り組む やらざるを得ない感覚
自己決定感 強い(やめようと思えばやめられる) 弱い(やめられない)
活動中の感情 楽しさ・集中・ポジティブ 焦り・強迫感・義務感
活動後の気分 満足・爽快感 疲労・罪悪感・不全感
他の生活領域への影響 バランスが取れている 他領域を犠牲にする
ウェルビーイングへの影響 正の相関(高める) 負の相関(下げる)

情熱とウェルビーイングの関係

情熱の二元モデルが注目される最大の理由は、この2タイプがウェルビーイング(幸福度)に真逆の影響を与えるという点にあります。

調和的情熱はウェルビーイングを高める

複数の研究で、調和的情熱を強く持つ人ほど、主観的幸福感、ポジティブ感情、人生満足度、フロー経験などが高いことが確認されています。自己決定感があり、活動が生活全体と調和しているため、その活動が日々のエネルギー源となってウェルビーイングを底上げするのです。

執着的情熱はウェルビーイングを低下させる

一方、執着的情熱を強く持つ人は、バーンアウト(燃え尽き)、不安、抑うつ、人間関係の問題などが生じやすいことが報告されています。「やめたいのにやめられない」感覚は慢性的なストレスを生み、他の大切な生活領域を侵食することで、結果的にウェルビーイングを下げてしまいます。

なぜ同じ「情熱」で真逆の効果が生まれるのか

両者の決定的な違いは「自己決定感」にあります。調和的情熱は「やりたいからやる」という内発的動機に支えられ、執着的情熱は「やらないと落ち着かない」という強迫感に支えられています。

外から見れば同じ「熱心な人」に見えても、本人が活動を選択できているか、それとも活動に支配されているか——この内面の違いが長期的なウェルビーイングに決定的な差を生むのです。

情熱を測定するPassion Scale(パッション尺度)

Vallerand教授らは2003年に、調和的情熱と執着的情熱を定量的に測定するためのPassion Scaleを開発しました。日本語版も2018年に作成されています。

日本語版の概要(久保・沢宮, 2018)

日本語版のPassion Scaleは次の論文で発表されています。

久保 尊洋、沢宮 容子「パッション尺度日本語版の作成および信頼性・妥当性の検討」心理学研究 2018年 第89巻 第5号 pp.490–499

J-STAGE 論文ページ

日本語版では、調和的情熱(調和的パッション)と執着的情熱(強迫的パッション)をそれぞれ6つの質問項目で測定します。これに加えて、その活動が本当にパッションの対象かを判定する5項目のパッション基準が設けられています。

情熱を測定するパッション尺度

参考: 久保・沢宮(2018) Table2より

尺度項目のイメージとしては、「その活動は自分にとって重要だ」「その活動をやらないと不安になる」といった5段階評価の質問が並び、回答結果から調和的情熱・執着的情熱それぞれのスコアが算出される仕組みです。

活動タイプと情熱の関係

久保・沢宮の論文でとくに興味深い指摘が、「情熱を注ぐ活動の種類によって、2タイプのどちらが優勢になるかが変わる」という点です。

「集団スポーツ」「芸術」「対人関係」といった能動的な要素が大きい活動は調和性パッションが高く、「受身的余暇」や「読書」といった受動的な要素が大きい活動は強迫性パッションが高かった。

つまり、他者と関わる活動・身体を動かす活動・創造する活動は調和的情熱を育みやすい一方で、受け身で没頭する活動は執着的情熱になりやすいという傾向があるのです。

活動タイプと情熱の対比表

活動の性質 代表例 優勢な情熱タイプ
能動的(他者との関わり) 集団スポーツ、対人関係の活動 調和的情熱
能動的(創造) 芸術、音楽、ものづくり 調和的情熱
受動的(娯楽) 受身的な余暇、娯楽消費 執着的情熱になりやすい
受動的(一人で没頭) 読書、長時間視聴 執着的情熱になりやすい

もちろん、これは傾向にすぎず、読書でも調和的に楽しむ人もいれば、スポーツでも強迫的に追い込まれる人もいます。ただ、「他者と関わること」「能動的に自己表現すること」が情熱を健康的な方向に保ちやすい、という大枠の示唆は組織運営にも応用できます。

組織・職場で情熱を活かすには

情熱の二元モデルは、人事・組織開発の観点からも重要な示唆を与えてくれます。

採用時の「情熱」の見分け方

採用面接で「この仕事への情熱」を語る候補者が現れたとき、それが調和的情熱か執着的情熱かを区別することが重要です。具体的には次のような質問が参考になります。

・この仕事を選んだ理由は? (自己決定感の確認)
・仕事以外の時間はどう過ごしている? (他の生活領域とのバランス確認)
・仕事を「一時的にやめる」ことを想像したとき、どんな気持ちになりそう? (強迫感の有無を確認)

「仕事を休むと落ち着かない」「休日も仕事のことばかり考える」という回答は、執着的情熱の兆候です。短期的には高い成果を出しても、中長期ではバーンアウトや離職のリスクが高くなります。

執着的情熱をバーンアウトさせない管理職の関わり方

優秀な若手や中堅社員に執着的情熱の傾向が見られた場合、管理職としては次のような関わり方が有効です。

・定期的に業務以外の生活について声をかける
・有給休暇の取得を「業務の一部」として勧める
・「やらないほうがいい仕事」を明示してあげる
・短期的な高成果ではなく、中長期の持続可能性で評価する

情熱を否定するのではなく、情熱の方向を調和的側へ戻す支援を行うのがポイントです。

情熱とキャリア安全性の関係

近年、若手の離職要因として注目されている「キャリア安全性」(自分のキャリアの未来に対する不安のなさ)と、情熱の二元モデルには深い関係があります。キャリア安全性が低い職場では、若手は不安を打ち消すために過剰に働く=執着的情熱に傾きがちです。

一方で、キャリア安全性が確保されている職場では、若手は安心して好きな仕事に没頭できるため、調和的情熱を育みやすい環境になります。詳しくは「キャリア安全性」とは?ワーク・エンゲージメントを高める新視点の記事もご参照ください。

情熱と関連する概念

情熱の二元モデルを理解すると、近接する概念との関係も見えてきます。

ワーク・エンゲージメントとの違い

ワーク・エンゲージメント(仕事への熱意・没頭・活力)は、情熱のなかでも調和的情熱に近い概念です。ただしワーク・エンゲージメントは「仕事そのものへの関与状態」を指すのに対し、情熱は「対象を問わない広い概念(仕事でも趣味でもスポーツでも)」である点で異なります。

GRIT(やり抜く力)との関係

GRIT研究で知られるアンジェラ・ダックワース教授は、情熱と粘り強さを長期的に維持する力をGRITと呼んでいます。この文脈での「情熱」は、ほぼ調和的情熱に近い意味で使われています。

心理的安全性との関係

心理的に安全な職場では、自分の情熱の対象について話したり、途中でやめたり、方向転換したりすることが許容されます。心理的安全性が低い職場ほど、執着的情熱に追い込まれやすくなる傾向があります。心理的安全性そのものについては誤解も多いので、心理的安全性についてのよくある誤解の記事もあわせてご覧ください。

まとめ|「良い情熱」を育てて、組織と個人の幸福度を高める

情熱は、一見するとすべて良いもののように思えますが、心理学研究は「ウェルビーイングを高める調和的情熱」と「ウェルビーイングを下げる執着的情熱」という二元モデルで情熱を理解する重要性を示しています。

・情熱 = 好き+重要+時間を注ぎたい の3要素がそろった対象への継続的関与
・調和的情熱 = 自己決定感あり/生活と調和/ウェルビーイングを高める
・執着的情熱 = 強迫感/他領域を犠牲/ウェルビーイングを下げる
・能動的な活動(集団スポーツ/芸術/対人)は調和的情熱を育みやすい
・組織としては「採用時の見分け方」「バーンアウト防止の関わり方」が重要

採用・育成・マネジメントの場面で「情熱のある人」を語るときは、それが調和的情熱なのか執着的情熱なのかを意識するだけで、従業員のウェルビーイングと組織のパフォーマンスの両立がぐっと近づきます。

参考書籍:


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