「同じ商品を扱っているのに、なぜあの人だけ売れるのか」――営業マネージャーなら一度は抱く疑問です。トップセールスが天性の才能で売っているかというと、実はそうではありません。一橋ビジネスレビュー(2018年WIN)の特集「新しい営業の科学」で紹介された調査によれば、売れる営業と売れない営業の最大の差は「事前準備」にあることがデータで示されています。本記事では、この調査の要点を踏まえつつ、2026年時点のインサイドセールス・SaaS営業・ABM・生成AI活用を前提とした事前準備のアップデート方法を整理します。営業担当者が明日の商談から使える具体的なチェックリストと、営業マネージャーが組織的に事前準備を仕組み化するためのヒントをまとめました。

売れる営業と売れない営業の差は「商談前」にすでに決まっている

結論から書くと、売れる営業と売れない営業を分ける最大の要素は顧客と話す前の事前準備です。営業成績の差は訪問先でのトーク術やクロージングの巧拙よりも、商談に入る前の情報収集・仮説構築・シナリオ設計で8割方決まっている――これはベテラン営業の肌感覚だけでなく、調査データでも裏付けられています。

出典として参照したのは、東京大学の稲水伸行准教授とソフトブレーン・サービスの鏑木幸臣氏らによる論文「データから見えてくる日本の営業」(一橋ビジネスレビュー2018年WIN、P.36-49)です。著者らは営業パーソンの属性・認識を測る営業プロファイルと、スキルと実行レベルを測る営業スキル・チェックアップの2種類、合計134項目からなる営業力調査票を用いて、売れる営業と売れない営業を比較分析しました。営業スキル・チェックアップは以下の8項目に分類されています。

1. 仕事意識
2. 仕事の進め方
3. 市場環境理解
4. 事前準備
5. アプローチ
6. ヒアリング
7. プレゼンテーション
8. クロージング

営業スキル8項目×成績上位・下位20%で差がついた項目の概念図

この8項目のうち、成績下位20%と上位とで最も差がつきやすかったのが、3番目の「市場環境理解」と4番目の「事前準備」でした。つまり、顧客と話す前の段階で、すでに勝敗の大部分が決まっているのです。

営業成績下位20%に共通する4つの弱点

調査では、営業成績下位20%の営業パーソンに以下のような傾向が確認されました。

市場環境理解について、・競合の訴求点を知らない、・市場動向について顧客と話していないという弱点が挙げられます。事前準備については、・面談を想定して複数の話し方を用意していない、・想定ニーズの裏付けを収集していないという点が目立ちました。

逆に営業成績トップは、・目標の数字を言える、・事例で課題解決を理解させている、・情報の入手方法で創意工夫をしているという特徴がありました。総じて、売れない営業は「顧客と話す前の情報収集」と「想定問答の準備」を軽視しており、売れる営業は「数字」と「事例」を武器に商談を設計している、と整理できます。

情報収集に使う時間そのものが決定的に少ない

別の調査(Business Insider Japan「売れる営業と売れない営業はこんなに時間の使い方が違う」)でも、低業績者は高業績者に比べて情報収集にかける時間が顕著に少ないことが示されています。記事の中では次のように指摘されています。

低業績者は、情報収集が十分ではないので、顧客の課題把握があいまいになり・・・中略・・・企画書作成に時間がかかることになります。
売れる営業と売れない営業はこんなに時間の使い方が違う(Business Insider Japan)

情報収集に時間を使わないと、顧客課題の把握が甘くなり、そのまま提案書作成にしわ寄せが来て、結果として残業時間は長いのに受注は少ない、という悪循環に陥ります。売れる営業は最初の情報収集に意図的に時間を投下することで、提案フェーズ以降の工数を圧縮しているのです。

2026年の営業に求められる「事前準備」のアップデート

2018年の調査時点と比較して、2020年代後半の営業現場は大きく変わりました。オンライン商談の定着、インサイドセールス部門の分業、SaaSの急拡大、ABM(Account Based Marketing)の浸透、生成AIによる企業分析支援――いずれも事前準備の「やるべきこと」を増やしています。単に会社ホームページを見るだけでは不十分な時代です。

観点 2018年(調査時点) 2020年代後半(現在)
商談形式 対面中心 オンライン商談が定着
営業分業 一人完結型が多い インサイドセールス/フィールドセールス分業
顧客の購買プロセス 比較的シンプル バイイングサイクル複雑化
ターゲット戦略 業種×規模の一般論 ABMによるターゲット企業軸
企業分析の手段 HP・四季報・記事 生成AIによるIR資料分析

インサイドセールス/フィールドセールス分業下での事前準備

2020年代に入ってから、商談獲得を担うインサイドセールスと、実際に提案・クロージングを行うフィールドセールスを分業する企業が一気に増えました。この体制では、フィールドセールスはインサイドセールスから引き継いだ情報だけで初回商談に臨むことになります。引き継ぎが雑だと、顧客が電話で話した課題感を復唱させてしまい、「また最初から説明するのか」と信頼を失うリスクがあります。

事前準備としては、・インサイドセールスのヒアリングメモを必ず読み込む、・直近の問い合わせ経路(広告・セミナー・紹介など)を確認する、・初回商談では「◯◯とお伺いしていますが、現状は変わっていませんか」と確認から入る、といった手順を標準化したい所です。ヒアリング精度の磨き方は積極的傾聴(アクティブリスニング)とは?3原則と実践テクニックを解説が参考になります。

SaaS営業で押さえたい「バイイングサイクル」

SaaSや法人営業では、顧客企業内の意思決定プロセスが複雑化しています。担当者・責任者・決裁者・IT部門・経理部門がそれぞれ異なるタイミングで意思決定に関与するため、売り手側の「セリングサイクル」だけを考えていても受注は取れません。顧客側の購買プロセスを理解した上で、フェーズごとに必要な情報を提供する発想が必須です。詳しくはB2B営業に必要なバイイングサイクル(buying-cycle)を参照してください。

ABMと生成AIを活かした企業分析

ABM(Account Based Marketing)が定着した現在、営業は「ターゲット企業リスト」を軸に戦略を立てます。ターゲット企業の決算資料・中期経営計画・IR資料・プレスリリース・経営者インタビューを読み込み、相手企業の経営課題と自社製品の接点を仮説化する作業は、2018年時点よりもはるかに精緻さが求められるようになりました。

とはいえ、すべてを人力で読み込むには時間が足りません。2024年以降、生成AIが企業分析の強力な助けになっています。有価証券報告書や決算短信をアップロードして要約・質問応答を行わせる、業界ニュースを時系列で整理させる、想定される経営課題を列挙させる、といった使い方です。ただし、生成AIはハルシネーション(もっともらしいウソ)を含むため、最終的な事実確認はIR資料原文で行うことを徹底してください。

オンライン商談ならではの事前準備

オンライン商談では、対面とは異なる準備項目が加わります。・画面共有する資料は事前にタブを整理しておく、・デモ環境の動作確認を行う、・回線トラブルに備えて代替連絡手段(電話番号)を冒頭で共有する、・録画の許可取りをメールテンプレに入れる、といった項目です。こうした地味な準備を怠ると「慣れていない会社だな」と相手に思われ、信頼残高を削ります。

明日から使える事前準備チェックリスト

ここまでの内容を、初回商談前に確認できる実務的なチェックリストに落とし込みます。最低20〜30分でも意識的に時間を確保すれば、商談の質は大きく変わります。

カテゴリ 事前準備項目
企業理解 決算資料・中期経営計画・IR資料・最新プレスリリースを確認し、経営課題を3つ仮説化
担当者理解 担当者のLinkedIn・登壇履歴・過去の問い合わせ履歴を確認
競合理解 競合A/Bの訴求ポイントと価格帯を把握し、自社との差別化要素を明文化
仮説構築 想定ニーズを3つ用意し、それぞれに裏付けとなる事例・数字を準備
シナリオ設計 商談の流れを3パターン想定(前向き/懸念多め/決裁者不在)
数字の準備 自社サービスの導入実績・ROI・平均効果を即答できる状態に
事例の準備 顧客の業界・規模に近い導入事例を2〜3本、口頭で話せる粒度に整理
オンライン環境 資料・デモ環境・代替連絡手段を事前確認

このチェックリストは、営業個人が覚えて使うものではなく、営業組織の標準プロセスとして定着させることが重要です。CRM/SFAの商談レコードに「事前準備チェック」項目を必須入力にしてしまうのが最もシンプルな仕組み化です。

事前準備を「個人技」から「組織力」に変える3つの打ち手

1. ロールプレイングで暗黙知を言語化する

売れる営業が頭の中で行っている仮説構築と想定問答を、若手に伝える最もシンプルな方法はロールプレイングです。リクルートが全社的に徹底しているように、リクルート式「営業ロープレ」のやり方を取り入れ、想定顧客役・営業役・観察役の3人1組で繰り返す運用が効果的です。観察役のフィードバックが、暗黙知を言語化する一番の近道になります。

2. SPIN式でヒアリング設計を標準化する

事前準備で仮説を立てても、実際の商談で顧客の口から課題を引き出せなければ意味がありません。ニール・ラッカムが提唱したSPIN(Situation/Problem/Implication/Need-payoff)は、法人営業のヒアリングを構造化する代表的なフレームワークです。詳しくは営業に理論を!「SPIN式」営業とはをご覧ください。

3. サプライチェーン視点で「顧客の先」を想像する

特にB2B営業では、顧客企業のさらに先にエンドユーザーや取引先がいます。自社商品を売ることだけ考えていると、顧客の真の課題を見落とします。営業と製造の組織の壁を体験できる営業と製造部門の組織の壁を疑似体験できるビールゲームのような体験型研修を通じて、サプライチェーン全体を俯瞰する視点を養うのは有効です。

また、法人営業で顧客が価値を感じる要素は想像以上に多岐にわたります。機能・価格だけでなく、納期・サポート・関係性など法人営業で顧客が価値を感じる40の要素を踏まえて、どの価値を訴求するか事前に決めておくと、商談の焦点がぶれません。

営業マネージャーが明日から仕組み化すべきこと

ここまで個人の事前準備を論じてきましたが、営業マネージャーの役割は「個人が頑張るかどうかに成果が依存しない仕組み」をつくることです。具体的には以下の3点を推奨します。

# 打ち手 具体アクション
1 CRM/SFAへの事前準備項目の埋め込み 次フェーズ移行時に「仮説課題3つ」「競合調査」「想定問答3パターン」を入力必須化
2 週次レビュー会で「事前準備のクオリティ」にフォーカス 受注/失注だけでなく、仮説と検証の因果を10分振り返る
3 ロープレ文化の定着 月1回15分の全員参加ロープレで暗黙知を共有

1つ目はCRM/SFAへの事前準備項目の埋め込みです。商談ステータスを次フェーズへ進める際に、「仮説課題3つ」「競合調査」「想定問答3パターン」の入力を必須にする。これだけでチーム全体の底上げが起きます。

2つ目は週次の商談レビュー会での「事前準備のクオリティ」フォーカスです。結果(受注/失注)だけを見るのではなく、事前準備で何を仮説化し、実際の商談でそれがどう検証されたかを振り返る時間を10分でも確保してください。事前準備と結果の因果関係が可視化されれば、若手は自然と準備に時間を使うようになります。

3つ目はロープレ文化の定着です。月1回でも15分のロープレを全員参加で行えば、暗黙知の共有が進みます。トップセールスだけが抱え込んでいる「この業界の決裁者はこう反応する」という経験知を、言葉とシーンに落とし込む場を意図的に設けましょう。ロープレの観察役を若手に担当させると、観察眼が鍛えられるだけでなく、先輩の仮説構築プロセスを間近で学ぶ機会になります。

数字意識と組織連携を体感するには部課長ゲームのやり方のような研修プログラムも補助線になります。営業マネージャーが「数字」「事例」「準備」という言葉を日常的に使い続けることが、組織文化の変化につながります。ゲーム型研修は参加者の記憶に残りやすく、座学よりも行動変容に直結するため、月次定例や営業合宿のプログラムに組み込む価値があります。

事前準備を怠ると失う「時間」と「信頼」

事前準備を軽視した営業がもっとも失うのは、受注そのものよりも顧客との信頼関係自分自身の時間です。準備不足のまま商談に臨めば、顧客から「この会社は本気でうちを理解していない」と判断され、次回以降のアポイント難度が跳ね上がります。提案書は毎回ゼロから書き起こすことになり、残業時間だけが増えて成果は伴わない、という典型的な悪循環に陥ります。

逆に言えば、事前準備に30分投資するだけで、商談の質・顧客からの信頼・自分の時間、という3つのリターンが同時に得られるということです。投資対効果で考えれば、営業活動の中で最もROIが高い工程が事前準備だと言えます。

営業の事前準備と仮説構築を体系的に深めたい方には、以下の書籍が参考になります。

まとめ:売れる営業になるための3つの行動

売れる営業と売れない営業の差は、商談中のスキルではなく事前準備にあることを、データに基づいて整理してきました。最後に、本日からすぐ始められる3つの行動を改めてまとめます。

1. 情報収集の時間を明示的にスケジュールに入れる(最低でも初回商談前に30分確保)。2. 「数字」と「事例」を即答できる状態に仕上げる(自社サービスの効果と導入事例を口頭で3パターン以上話せる準備)。3. 想定問答を最低3パターン用意する(前向き・懸念多め・決裁者不在)。

事前準備は地味で華のない作業に見えて、営業の成績を最も左右する工程です。個人の努力任せにせず、組織として仕組み化する視点を持てば、チーム全体の成約率は確実に底上げできます。ゲーム型の営業研修や体験型の組織トレーニングをご検討の方は、以下のフォームよりお気軽にご相談ください。


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