職場での健康投資の効果とワーク・エンゲイジメント
本記事では、職場における健康投資(健康経営の取り組み)が従業員のワーク・エンゲイジメントに与える影響について、論文データと2026年現在の制度動向を交えて解説します。人事担当者・経営者の方が「健康経営を進めたいが、投資対効果をどう説明すればよいか」「働き方改革やウェルビーイング経営とどうつなぐか」と考える際の判断材料としてご活用ください。
2018年の初稿から8年が経ち、健康経営優良法人認定の累計認定数は1万法人を超え、2023年3月期からは有価証券報告書での人的資本情報の開示が上場企業に義務付けられました。こうした制度面の追い風を踏まえ、健康投資が単なるコスト削減ではなく、従業員のエンゲイジメントと生産性を同時に引き上げるレバーになるという視点で再構成しています。
健康投資がもたらす2つの成果:コスト削減とエンゲイジメント向上
厚生労働省や経済産業省の資料では、健康関連コストは大きく医療費・アブセンティーイズム・プレゼンティーイズムの3つに分かれるとされています。このうち金額として最も大きいのが、出勤はしているが体調不良で生産性が落ちているプレゼンティーイズム(傷病就業)であり、全体の7割前後を占めるという試算が複数の研究で示されています。

画像参照:厚生労働省HPより
1人当たり年間のコスト削減インパクトについては、健康経営の促進で1人当たりコストが30万円削減できる? で詳しく紹介したとおり、健康投資の回収可能性は定量的に裏付けが進んでいます。プレゼンティーイズムの構造と対策については健康経営で求められるプレゼンティーイズム対策も併せてお読みください。
プレゼンティーイズム:出勤はしているが、体調不良により仕事遂行能力が低下している状態。
ここで重要なのは、健康投資の効果はコスト削減だけでなく、従業員のワーク・エンゲイジメントの向上という「攻め」の成果にもつながる点です。以下、論文データに基づいて関係性を整理していきます。
ワーク・エンゲイジメントとは何か
ワーク・エンゲイジメントは、オランダのユトレヒト大学のシャウフェリ教授らが提唱し、日本では慶應義塾大学の島津明人教授らが研究を牽引してきた概念です。簡潔には次のように定義されます。
(島津 2017 ほか)
ワーク・エンゲイジメントはバーンアウトの対極にある概念と位置づけられ、離職意思の低下・創造性の発揮・顧客満足への波及などと正の相関が確認されています。厚生労働省が2019年から労働経済白書で継続的に取り上げていることもあり、健康経営とセットで議論されるキー指標になっています。より実務的な活用の論点は「キャリア安全性」とは?ワーク・エンゲージメントを高める新視点でも扱っています。
職場での健康投資とワーク・エンゲイジメントの関係(論文データ)
以下の内容は、東京大学の古井祐司特任教授らが中小企業を対象に実施した労働生産性の損失と影響要因に関する研究をもとにしています。中小企業を含む日本企業の現場データを扱っている点が、大企業中心の海外研究と比較した価値です。
古井 祐司(東京大学特任教授)/村松 賢治(東京大学受託研究員)/井出 博生(東京大学特任准教授)
(1) ワーク・エンゲイジメントとプレゼンティーイズムは負の相関

論文の分析では、ワーク・エンゲイジメントや職場の一体感が低いほど、プレゼンティーイズム(出勤しているのに生産性が落ちている状態)が高くなるという負の相関が確認されました。つまり、運動習慣が乏しく・ストレスが高い職場ほど、従業員の一体感やエンゲイジメントが下がり、それが見えない生産性ロスとして表れるということです。
一方で、アブセンティーイズム(欠勤)との直接的な相関は見られませんでした。欠勤は「出るか・出ないか」の二値になりやすく、数字に表れる前の「気力の低下」がまずプレゼンティーイズムに出る、というのが実務的な読み方です。
(2) 職場のラジオ体操が「一体感」を押し上げる

もう一つ興味深いのは、毎朝ラジオ体操の音楽をかけ、任意参加で実施していた事業所では、従業員が職場の一体感を強く感じているというデータです。ラジオ体操そのものの運動効果というより、共通の時間を共有する儀式性と、そこで生まれる軽い会話(雑談)がコミュニケーション量を押し上げていることが要因と推察されます。
これは近年、心理的安全性の文脈で語られる「小さな相互作用の積み重ねが一体感を作る」という議論とも整合的です。ハイブリッド勤務が定着した2026年の職場では、オフィスでのラジオ体操に代えて、朝会冒頭の軽いストレッチ動画や歩数チャレンジ等に置き換える企業も増えています。チームの一体感を体験的に学ぶ研修設計についてはチームビルディングにオススメなゲーム5選が参考になります。
(3) 睡眠習慣とプレゼンティーイズム

論文内の「健康投資による効果の枠組み」を読み解くと、睡眠習慣が従業員の健康リスクと強く相関していることが見て取れます。良質な睡眠が取れていないとプレゼンティーイズムが悪化するというのは、睡眠が業績に与える影響と睡眠の質を向上する要素でも詳しく紹介しています。
夜間睡眠の改善に加え、日中の短時間仮眠(パワーナップ:15〜20分)を許容する企業も増えています。仮眠の許容は「怠けの容認」ではなく、午後のパフォーマンスを取り戻すための生産性施策として位置づけるのが近年の潮流です。
2026年の健康投資:制度動向と実務の変化
2018年の初稿公開時には「健康経営」という言葉がようやく浸透し始めた段階でしたが、2026年現在は以下のように制度と経営の接続が進んでいます。
| 領域 | 2018年頃 | 2026年時点 |
|---|---|---|
| 認定制度 | 健康経営銘柄、優良法人認定が始動 | 認定法人が1万超。中小企業部門ブライト500が定着 |
| 開示義務 | 任意開示中心 | 上場企業で人的資本情報の有価証券報告書開示が義務化 |
| メンタル対策 | ストレスチェック制度が50人以上事業場で義務化 | 50人未満事業場への拡大議論、若年層のメンタル不調対応が重点課題 |
| 経営用語 | 健康経営 | ウェルビーイング経営・人的資本経営と統合 |
特に人的資本開示義務化の影響は大きく、有価証券報告書の「従業員の状況」に、離職率・研修投資額・エンゲージメントスコア・メンタル不調者の推移といった指標を盛り込む企業が増えています。健康投資は「コスト削減」ではなく、投資家とステークホルダーに開示する人的資本の柱としての位置づけに変わりました。
ウェルビーイング経営の観点からの具体的な研修アプローチはエンゲージメント向上につながるゲーム研修3選|効果がある理由と選び方で扱っているので、実務への落とし込みに合わせて参照いただくとよいと思います。
自社で健康投資を設計するときの3つの論点
実務担当者が健康投資を設計するとき、筆者が相談を受けてきた中で繰り返し論点になるのは次の3つです。
(1) 測定指標の設計:健康診断の有所見率・ストレスチェックの高ストレス者比率・プレゼンティーイズム指標(WHO-HPQ、SPQ等)・ワーク・エンゲイジメント指標(UWES-9)を組み合わせ、経年で追える形に揃える。
(2) ラインケアとセルフケアの両輪:セルフケア施策(運動・睡眠・食事)は個人差が出るため、管理職のラインケア力を同時に高めないと効果が分散します。ラインケアを体験的に学ぶ設計としてゲームを使ったラインケア研修(メンタルヘルス)のやり方を参照ください。
(3) 「会話が生まれる仕掛け」を組み込む:論文のラジオ体操の例が示すとおり、健康施策の効果は施策単体ではなく、施策をきっかけに社員同士の会話が増えることで初めて一体感に転化します。歩数チャレンジ、社食の共通テーマ、朝会での体調シェアなど、会話のトリガーになる仕組みをセットで設計することが肝心です。
まとめ:健康投資は「コスト削減+エンゲイジメント向上」の両取り施策
本記事の要点を整理します。
・ワーク・エンゲイジメントや職場の一体感は、プレゼンティーイズムと負の相関がある(健康リスクが高い職場ほど生産性が見えないところで落ちている)。
・ラジオ体操のような共通の時間を共有する儀式は、会話のきっかけを通じて職場の一体感を押し上げる。
・睡眠習慣はプレゼンティーイズムに強く影響する。夜間睡眠改善+日中のパワーナップ許容が効果的。
・2026年の健康投資は、コスト削減に加え、人的資本開示・ウェルビーイング経営と接続する「攻めの経営指標」へと役割が広がっている。
健康経営の効果を従業員エンゲイジメントまで波及させるには、施策を「やって終わり」にせず、会話と一体感を生み出す仕掛けを同時に設計することが要になります。健康投資の理論的背景や実装のヒントをさらに深めたい方は、以下の書籍も参考になるはずです。

