学びを捨てることの重要性?アンラーニングの説明とその効果
アンラーニング(unlearning)は、かつては一部の経営学者や現場マネジャーのあいだだけで使われていた言葉でしたが、生成AI・リスキリング・両利きの経営といったキーワードが並ぶ2026年現在、経営・人事の現場で急速に存在感を増しているテーマです。本記事では、組織におけるアンラーニングとは何か、なぜ必要なのか、どう進めるのかを、代表的な研究と実務の両面からまとめます。

アンラーニングとは何か
アンラーニングは、以下のように定義されます。
日本語では「学習棄却」「学びほぐし」などと訳されます。
参考:https://jinjibu.jp/keyword/detl/538/
「学ぶ」ことと対になるのは「忘れる」ではなく「棄てる」であることがポイントです。アンラーニングは、古い知識や価値観を放置するのではなく、いま通用しないルールや成功体験を意識的に手放すプロセスを指します。少し前に流行った断捨離と似ていて、一度捨てたスペースに新しいものが入ってくる、というイメージに近いかもしれません。
なお、アンラーニングに関する入門書として、松尾睦氏の『仕事のアンラーニング』は個人・組織双方の視点で読みやすい一冊です。
なお、この記事では個人におけるアンラーニングではなく、組織におけるアンラーニングについて書いていきます。個人におけるアンラーニングについてはこちらの記事をご覧ください。
個人のアンラーニングを促進する2つの方法。あるいは組織硬直化への対応
組織のアンラーニングで棄てるべきは何か
トルコのGebze Institute of TechnologyのAkgün et al.(2007)によれば、組織のアンラーニングで棄てるべき対象は「ルーティン」と「信念」の2つです。ルーティンは日々の手順やプロセス、信念はメンバーの頭の中にある「仕事はこうあるべきだ」という前提のことを指します。
| 棄てる対象 | 代表例 |
|---|---|
| ルーティン(手順・プロセス) | 紙の稟議、対面前提の会議、朝礼の順番、メールCC文化 |
| 信念(暗黙の前提) | 「若手は先に出社する」「残業が評価される」「営業は足で稼ぐ」 |
Akgün et al.(2006)では、とくに製品開発チームにおいて、以下のような信念の変更とルーティンの変更が組織アンラーニングの中心になると整理されています。
・技術的に可能な製品の機能や特徴
・顧客が望む機能や特徴
・製品開発の進行で必要とされる各段階
・製品開発のプロセス
(Akgün et al., 2006)
・製品を評価する方法と基準
・開発の中での意思決定プロセス
・意思決定や調整の仕組み
・職場内のコミュニケーションのやり方
(Akgün et al., 2006)
重要なのは、ルーティンと信念はセットで動くという点です。朝礼をやめても「朝礼は大事だ」という信念が残っていれば、別の形で似たルーティンが復活します。逆に信念だけ変えても、評価制度やツールといったルーティンが旧来のままなら、現場は元に戻っていきます。
アンラーニングが必要とされる背景
組織アンラーニングが改めて注目される背景には、2020年代以降の環境変化があります。
| 環境変化 | アンラーニングが必要になる領域 |
|---|---|
| ハイブリッドワークの定着 | 対面前提の会議ルール、紙・ハンコ文化 |
| 生成AIの業務実装 | ゼロから作る提案書、調査・要約の分担 |
| リスキリング政策の加速 | 「同じ業務を長くやる人が偉い」という評価観 |
| 若手の価値観変化・早期離職 | 長時間労働=成長という前提、上意下達のOJT |
こうした変化のなかで、かつて成功したやり方が、いま逆に足を引っ張っているケースが増えています。過去の勝ちパターンを持つ組織ほどアンラーニングが難しく、業績がよい時期ほど手放す動機が薄い、というパラドックスもあります。
組織アンラーニングを進める4つの手順
組織アンラーニングを進めるプロセスは、研究・実務の知見を合わせると次の4ステップに整理できます。
| ステップ | 内容 | 実務での問いかけ |
|---|---|---|
| ①棚卸し | 現状のルーティンと信念を見える化する | 「毎月やっているが、誰のための仕事か分からない業務は?」 |
| ②棄てる基準づくり | 棄てる判断基準を合意する | 「顧客価値/学び/意思決定スピードに寄与しないか?」 |
| ③棄てる/置き換える | 業務・会議・ドキュメントを実際に止める・置き換える | 「次の1ヶ月で止める業務は?代替は?」 |
| ④定着と再点検 | 棄てたあとの不安を支援し、定期的にまた棄てる | 「半年後にもう一度棚卸しする会議体を設置したか?」 |
このサイクルは、安藤・杉原(2011)が社会福祉法人の事例から示した「段階的な組織アンラーニング」のプロセスとも重なります。
──社会福祉法人 X 会にみる,段階的な組織アンラーニング──
安藤 史江,杉原 浩志 2011
https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000002-I11202084-00
アンラーニングが進まない3つの壁
アンラーニングを阻む壁は、研修や制度を変えただけでは越えにくく、人の感情と組織の力学に根差しています。
| 壁 | 症状 |
|---|---|
| ①成功体験への執着 | 「昔うまくいったやり方」を無意識に引き継いでしまう |
| ②評価・人事制度との齟齬 | 新しい行動が評価されず、旧来のルーティンの方が得 |
| ③心理的安全性の不足 | 「これやめませんか?」と言い出すと叩かれる雰囲気 |
特に③は重要です。心理的安全性が低い組織では、現場が本音で「棄てたいルーティン」を口にできず、結局だれも手を挙げないまま旧来のやり方が温存されます。アンラーニングを進めたいなら、心理的安全性の土台づくりとセットで設計することをおすすめします。
まとめ
アンラーニングは、単なる「勉強し直し」ではなく古いルーティンと信念を意識的に棄てるプロセスです。組織のアンラーニングで棄てる対象は「ルーティン」と「信念」であり、両者をセットで動かすことで、新しい環境に合わせた組織の身軽さが生まれます。生成AI・ハイブリッドワーク・リスキリングといった環境変化のなかで、2026年以降のマネジメント・人材育成において、アンラーニングは避けて通れないテーマになっています。
