2026年に入り、リスキリング学び直しというキーワードが、あらためて企業研修の主要テーマとして定着しつつあります。経済産業省のリスキリング支援施策や、2023年3月期から義務化された人的資本情報開示の影響で、従業員の学習投資は経営課題そのものになりました。

しかし、現場では「新しいスキルをどれだけインプットしても、現場の仕事のやり方が変わらない」という声をよく聞きます。学ぶだけでは足りず、古いやり方を手放す「アンラーニング」をセットで進めないと、個人も組織もアップデートされないのです。

本記事では、HR担当者やマネージャーの方向けに、個人のアンラーニングを促進する2つの方法を、学術研究と現場実装の両面から解説します。2019年に執筆した元記事を、リスキリング・生成AI時代の文脈で全面的に書き直しました。アンラーニングが組織硬直化への処方箋としても機能する理由、そしてマネージャーが明日から打てる具体策まで、通読すれば要点が整理できる構成になっています。

アンラーニングとは何か(2026年版のおさらい)

まずは基本の整理から始めます。アンラーニング(unlearning)とは、いったん学んだ知識や既存の価値観を、批判的思考によって意識的に手放し、新たに学び直すことを指します。日本語では「学習棄却」や「学びほぐし」と訳されることが多い概念です。

重要なのは、アンラーニングは「忘却」や「放棄」とは違うという点です。過去の学びを単に捨てるのではなく、・いったん棚に上げる ・自分の仕事や業界で本当に機能しているかを検証する ・陳腐化していれば入れ替える、という能動的な選択行為だと考えてください。

なぜ2026年にアンラーニングが重要なのか

2019年の原稿執筆時点と比べ、アンラーニングの重要性は明確に増しています。その理由は大きく3つあります。

第一に、生成AIの普及です。ChatGPTが2022年末に登場して以降、ドキュメント作成、コード生成、要約、翻訳といった従来の「専門性」が数分の作業に変わりました。ベテランほど従来手順を手放すのが難しく、アンラーニングできない人ほど生産性が相対的に低下するという構図が生まれています。

第二に、リスキリング政策の推進です。政府は5年で1兆円のリスキリング支援を打ち出し、企業側も学習支援を評価・投資の対象にしています。しかし学ぶだけでは定着せず、現場の既存ルーティンとの置き換えが起きて初めて投資が回収されます。

第三に、人的資本情報開示の義務化です。上場企業は人材育成方針・社内環境整備方針を有価証券報告書で開示することが求められるようになりました。学習投資が可視化される一方で、「学んでも行動が変わらない」状態では開示情報に説得力がなく、結局アンラーニングまで踏み込まなければ経営指標として意味を持ちません。

また、組織的なアンラーニングは新製品のパフォーマンスやイノベーションにプラスの影響を与えるという研究結果も複数報告されています。個人と組織、両方のレイヤーで有効な打ち手として理解しておくと、社内で施策を語るときの説得力が増します。

アンラーニングそのものの定義と効果をもう少し深掘りしたい方は、学びを捨てることの重要性?アンラーニングの説明とその効果もあわせて参照してください。

個人のアンラーニングを促進する2つの方法

ここから本記事の中核である、個人のアンラーニングを促進する2つの方法について解説します。結論から書きます。

1. 顧客の棄却を進めること
2. 知の探索も進めること

この整理の根拠は、中本龍市・野口寛樹(2017)「探索と活用がアンラーニングに与える影響:専門職個人レベルの定量分析」という論文にあります。

論文では、弁理士という知識労働者を対象に、アンラーニング(知の棄却)を促進する要因を定量分析しています。その結果、既存顧客を手放す「顧客の棄却」と、新しい知識を獲得する「知の探索」志向が強いほど、アンラーニングが促進されることが示されました。逆に、新たな顧客を獲得する「顧客の探索」はアンラーニングを抑制する、という非直感的な結果も出ています。新しいお客さんが増えるほど、既存のやり方を維持したまま忙しく回すことになり、結果として手放しが起きないのです。

方法1:顧客の棄却 = 「既存の仕事を手放す」

弁理士にとっての顧客は、一般社員にとっての「担当業務」に置き換えて考えると理解しやすくなります。つまり一般職場での顧客の棄却とは、既存の仕事の一部を意図的に手放すことに相当します。

具体的には、・担当していた業務を後任に引き継ぐ ・不要になった報告書や会議を廃止する ・外注や自動化に置き換える、といった行動が該当します。仕事を手放すと時間的な余白が生まれ、その余白が新しい学びを定着させる受け皿になるのです。

ここで強調したいのは、手放すのは「能力」ではなく「業務」だということです。過去に培ったスキルや関係性を捨てる必要はありません。日々の時間を占めている定常業務を棚卸しして、止める/減らす/置き換える判断を意識的に下す、という行為がアンラーニングの入口になります。

組織の視点で見れば、これは異動や担当替えによって半ば強制的に実現できるものでもあります。組織硬直化が進んだ職場ほど、「この人にしかできない業務」が積み上がり、異動のハードルが年々上がっていく傾向にあります。人事ローテーションを止めた瞬間からアンラーニングも止まる、と考えると、定期的な異動の設計は組織学習の基盤と言えます。

変革を妨げる要因への理解を深めたい方は、変革を妨げる抵抗勢力の11パターンもあわせて参考になります。

方法2:知の探索 = 「新しいやり方を試す」

2つ目の方法は、同じ業務でもやり方そのものを入れ替える試行を行うことです。論文で示された「知の探索」は、自分が慣れ親しんだ領域の外にある知識・技術・方法にアクセスする行動を指します。

職場レベルで翻訳すると、・既存業務に生成AIを組み込んでみる ・他部署のやり方を持ち込んでみる ・社外の勉強会やコミュニティに参加する ・普段読まない分野の書籍を1冊試す、などの行動が該当します。ここで大切なのは、「いきなり全部入れ替える」必要はないという点です。月に1〜2時間でも、探索のための時間枠をブロックしておけば、習慣として根づきやすくなります。

知の探索は、経営学の文脈では「両利きの経営」の一方の軸として語られます。既存ビジネスを効率化する「知の活用」と、新領域を模索する「知の探索」を両立させる、という考え方です。個人レベルでもこの構造は相似形で、今の仕事を回しつつ、別経路の知識に触れる時間を確保できるかどうかが長期的な学習能力を左右します。

より詳しく知りたい方は、「両利きの経営」実現のための「知の探索」の事例3選や、両利きの経営の4つの成功要因(必要条件)を参考にしてください。

2つの方法を同時に進めるとなぜ効くのか

顧客の棄却と知の探索は、単独でも効果があるものの、同時に進めたときに相乗効果が最大化します。理由はシンプルで、時間という制約資源の再配分が起きるからです。

既存業務を抱えたまま新しい学びを足そうとすると、新しい知識が「あると便利な雑学」止まりで終わります。学びを現場で試す時間が取れないからです。一方、業務だけ手放して探索行動を起こさないと、空いた時間が既存の残業バッファに吸収されて消えてしまいます。

両輪で回すことで、・手放した業務の分の時間を ・新しいやり方の試行に充てる、という正のサイクルが生まれ、個人のレパートリーが入れ替わっていきます。これこそが、アンラーニングが単なる「学び直し」ではなく「棄却」と呼ばれる理由でもあります。

組織硬直化への処方箋として

ここまで個人のアンラーニングを扱ってきましたが、同じ構造は組織にも当てはまります。長く続いてきた事業・商品・プロセスほど、手放すのが難しくなるのが組織の性質です。

組織硬直化のサインは、・「昔からこうやっている」という説明が増える ・失敗事例を共有しない/されても学ばない ・新しいツールやAIの導入が後回しになり続ける、といった形で現れます。いずれも個人レベルのアンラーニング不全が積み上がった結果です。

対策としては、人事施策と学習施策の両面からの介入が有効です。人事側では、定期的なジョブローテーション、副業・兼業の容認、プロジェクトベースの配置など、「顧客の棄却」を起こしやすい仕組みを用意します。学習側では、部門横断の勉強会、生成AIの業務活用ワークショップ、ダブルループ学習を促す内省機会など、「知の探索」を後押しする場を作ります。

アンラーニングの軸 個人レベルの実践 組織レベルの仕組み
顧客の棄却(手放す) 担当業務の棚卸しと廃止・委譲 ジョブローテーション、役割の再設計
知の探索(試す) 生成AI活用・他部署のやり方導入 部門横断勉強会、副業・兼業容認
両輪の統合 時間枠の意識的な確保 人的資本開示と連動した学習KPI

組織変革の進め方そのものに関心のある方は、組織変革を目指す時に参考にしたいコッターの8段階のプロセスや、ダブルループ学習を組織で活用する3つの方法もあわせてお読みください。

マネージャーが明日からできる5つのアクション

理論は理解できても、現場で何から始めればよいか迷う方も多いと思います。マネージャー向けに、明日からでも打てる具体的なアクションを整理しました。

1. 担当業務の棚卸しミーティングを部下と1on1で実施する。「止める業務」「減らす業務」「置き換える業務」を各3つずつ書き出してもらい、1ヶ月単位で振り返る。
2. 生成AIの業務活用枠を週1時間ブロックする。議事録要約、ドラフト作成、データ整理など、小さな業務から置き換えていく。
3. 他部署との相互見学会を四半期に1度設ける。他部署のやり方に触れる機会自体が知の探索のきっかけになる。
4. 廃止ログを部内で共有する。「今月止めた業務」「減らした会議」を可視化すると、手放す行為が称賛される文化が育つ。
5. 異動候補リストの事前作成を人事と連携する。突発的な異動ではなく、1〜2年先を見据えて手放す準備を進める。

研修ニーズ全体を整理したい方は、研修ニーズの把握方法もあわせてご確認ください。VUCA時代の企業研修の前提整理としてはVUCA時代に求められる企業研修とは?が参考になります。

アンラーニング2つの方法の比較

方法 中心アクション 効果
既存知識の棄却 通用しなくなった前提・成功体験を手放す 新情報を受け入れる余白を作る
新規知識の獲得 異質な経験・学習領域に踏み込む 視野を広げ現実を再解釈

まとめ:学び直しは「棄却」とセットで

本記事では、個人のアンラーニングを促進する2つの方法として、・顧客の棄却(既存業務を手放す)・知の探索(新しいやり方を試す)を紹介しました。この2つは単独でも意味がありますが、同時に進めてはじめて時間とエネルギーの再配分が起き、学びが定着します。

2026年のリスキリング時代において、「何を学ぶか」だけでなく「何を手放すか」を設計できる個人・組織こそが、生成AIを含む環境変化を味方につけられます。アンラーニングは、組織硬直化への最も実践的な処方箋でもあります。

HEART QUAKEでは、部課長ゲームやストーリーラインマネジメントなどのビジネスゲーム型研修を通じて、マネジメント視点の棚卸しや新しい意思決定パターンの試行を促す研修プログラムを提供しています。アンラーニングを研修現場で体感的に引き起こしたい方は、ぜひご相談ください。

合わせて読みたい書籍

アンラーニング=棄却の思考をペンシルベニア大ウォートン校教授が体系化。個人・組織両レベルで「考え直す」習慣を解説。


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