「チャレンジ目標」「ストレッチ目標」という言葉は、2025年現在も組織マネジメントの現場で肯定的に語られます。

一方で、度を越えた目標設定は組織を不正や過労へと追い込む原因にもなります。2015年に発覚した東芝の不正会計、2018年以降も続く各社のデータ改ざん・品質不正、近年の中古車販売企業の不正保険請求など、過剰な目標設定が不正の温床になるパターンは10年以上、形を変えて繰り返されています。

本記事では、東芝の事例を入り口に、“良い目標”と”組織をダメにする目標”の境界線を、システム思考の因果ループ図で整理していきます。

“チャレンジ”と呼ばれる過剰な目標設定が不正の根

東芝の不正会計では、トップダウンで下ろされる“チャレンジ”と呼ばれる高すぎる業績目標が根本的な引き金と指摘されました。

challengeには「挑戦」という意味のほかに「難問」という意味もあります。

適切なストレッチ目標は個人や組織の能力を引き上げる力になりますが、度を越えた目標は個人と組織を追い詰め、不正や過労死の温床になります。

目標の水準 個人・組織への影響
達成60〜70%を想定したストレッチ目標(OKR的) 挑戦を促し、非連続な成長に繋がる
100%が前提の適切な目標(MBO/KPI的) 業務を安定運営するための軸になる
常に120〜200%が暗黙の前提になる過剰目標 不正・隠蔽・過労のリスクが跳ね上がる

OKRやMBOの違いや、ストレッチ目標そのものの考え方は以下の記事もあわせてどうぞ。

OKRのやり方〜KRの設定と因果ループ図〜

【スピードタッチ】講師不要!チームで「ストレッチ目標」のコツを1時間で体感

『申し訳ない、御社をつぶしたのは私です。』に学ぶ”目標の副作用”

過剰目標が組織を壊すメカニズムについては、カレン・フェランの『申し訳ない、御社をつぶしたのは私です。』に詳しく書かれています。

この本では目標は”障害”になると指摘されています。ある評価基準で”最適解”を追うと、組織にとって不都合な副作用が出る。その副作用を抑えるために新しい評価基準を増やす——を繰り返すうちに、評価基準と目標が際限なく膨らみ、現場が疲弊する構造です。

営業のコミッションは、利益率を犠牲にしてでも売上目標を達成することで得られる。そこで今度は、利益率も評価基準に加えるのだ。
(中略)
したがって、理にかなう唯一の方法は、売上と利益率と顧客満足度で評価することだ。すると今度は返品を増やすことになる。返品を無条件で受け付けると、顧客の購買意欲が高まるからだ。ならば返品率の低さも評価基準に加えよう。
さて、この調子でやっていたら、評価基準と目標が際限もなく並ぶだろう。
(『申し訳ない、御社をつぶしたのは私です。』より)

“数値目標で人を動かす”という手法そのものの副作用を、経営陣は理解しておく必要があります。

システム思考(因果ループ図)で見る東芝の構造

システム思考の因果ループ図で、東芝のようなケースで何が起きているのかを見てみます。

システム思考における因果ループ図の読み書き入門

健全な状態|自己強化ループ

目標 因果ループ図

適切なストレッチ目標があると、それが質の高い行動を引き出し、結果として成果が上がります。翌年はさらに少し高い目標を立てる——という自己強化ループが回ります。これは望ましい状態です。

不正が膨らむ構造|行動が成果に結びつかなくなったとき

因果ループ図 不正会計

問題は、目標が現場の能力を超えた時に起きます。行動をどれだけ積み重ねても成果に届かない状況で目標必達だけが残ると、穴埋めとしての不正が起こりやすくなります。

発生する現象 メカニズム
不正で”見かけの成果”が出る 翌年の目標がさらに高く設定される
高すぎる目標に対して行動では届かない より大きな不正でしか帳尻が合わなくなる
不正が常態化 発覚時には金額・期間ともに巨大化

第三者委員会の会見でも「当期利益至上主義」という言葉が出ましたが、根底にあるのは「毎年、利益は上がり続けなければならない」というメンタルモデルです。人間の身長や稲の成長が永遠に続かないのと同じで、単調に上がり続ける前提そのものに無理があります。

過剰目標を避けるための4つの原則

原則 内容
①目標は”60〜70%の達成”が健康な水準 OKR的な位置づけを評価制度と切り離す
②評価基準の副作用をセットで考える 数字を決める前に”これで何が壊れるか”を問う
③成果だけでなく行動の質も見る 結果KPIと行動KPIの両面評価
④未達を歓迎する文化を作る 未達が即処罰だと現場は必ず数字を作る

目標設定そのものの考え方や、SMARTの法則も改めて押さえておきたい方はこちら。

目標設定の際に参考にしたいSMARTの法則とは

簡単に解説!システム原型その1:応急処置の失敗

簡単に解説!システム原型その5:目標のなし崩し

まとめ

東芝に限らず、不正は“現場の倫理の弱さ”で起きているのではなく、目標設計の構造で起きています。

システム思考の視点で自社の目標と評価を眺めてみると、意外なほど多くの組織が”見えない自己強化ループ”の中にいることに気づきます。自分のしている行動や会社の戦略が中長期的にどう作用するかを棚卸しする機会として、システム思考の学習はおすすめです。

関連書籍

本テーマをさらに深掘りしたい方におすすめの1冊です。

『測りすぎ なぜパフォーマンス評価は失敗するのか?』
ジェリー・Z・ミュラー/みすず書房/2019年

本記事で取り上げた「目標による副作用」を体系的にまとめた名著です。定量評価・KPI至上主義に疑問を持った方はぜひセットでどうぞ。

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