対人ストレスに対する3種類のコーピングと具体例

今回はストレスコーピングの中でも、特に対人ストレスに対するコーピングについて解説します。職場や学校での人間関係がうまくいかないとき、私たちは無意識にいくつかの対処法を使い分けています。心理学者の加藤司氏は2000年の論文で、大学生の対人ストレスへの対処法を分析し、3つのコーピング因子を抽出した尺度を提案しました。
本記事ではこの3因子モデルをベースに、それぞれのコーピングの特徴と具体行動例、職場での実践のヒント、そして「対人ストレスを学べるカードゲーム」までを順番に整理していきます。
対人ストレスとは何か
対人ストレスとは、他者との関わりの中で生じるストレス全般のことです。Lazarus & Folkmanのストレス理論では、ストレスは「環境からの要求」と「自分の対処能力」の不均衡として定義されますが、対人ストレスは特にその中で「他者の言動」「期待」「役割葛藤」が要求側に位置するケースを指します。
具体的にはこういった場面が当てはまります。
・上司から指示が二転三転して何を信じればよいか分からない
・同僚との意見対立が続き、会議のたびに気を使う
・後輩のミスのフォローが続き、自分の業務時間が削られる
・お客様からのクレーム対応で精神的に消耗する
・部下に強く言いすぎたかもしれないと帰宅後も気になり続ける
対人ストレスは、納期や業務量といった「タスク型のストレス」と違って、相手の行動が自分の思い通りにならないというコントロール不能感を伴いやすいのが特徴です。さらに、人間関係を切れない事情(同じ部署、家族、取引先など)があると、ストレスから物理的に離れることができず、長期化しやすい傾向があります。
対人ストレスコーピングを扱った代表的な研究
対人ストレスへの対処を扱う日本語論文として広く引用されているのが、加藤司氏による「大学生用対人ストレスコーピング尺度の作成」です。
この研究では大学生の対人ストレスコーピングを調査し、因子分析を通じて3つのコーピング因子を抽出した尺度が作られました。
⇒積極的に肯定的な人間関係を成立・改善・維持するための努力する機能
2. ネガティブ関係コーピング
⇒人間関係を積極的に放棄・崩壊する機能
3. 解決先送りコーピング
⇒人間関係によって生じるストレスフルな出来事を問題視することもなく、
むしろ、軽視し、問題から回避するような機能
3因子のうち2つ(ネガティブ関係/解決先送り)は一見ネガティブな印象を受けますが、後述のようにこれらが必ずしも”悪いコーピング”ではない点が、この尺度の面白いところです。
尺度を構成する34項目のうち、ポジティブ関係コーピングの項目数が最も多くなっていることがわかります。

画像参照:大学生用対人ストレスコーピング尺度の作成 TABLE1より
利用方法は次のように記載されています。
4件法(よくあてはまる,あてはまる,少しあてはまる,あてはまらない)
で評定させ,各項目の得点を3-0点とした。
論文中で紹介された尺度の大学生での平均値は次のとおりです。

3つのコーピングを掘り下げる
それぞれの因子について、定義と具体行動例、効果と注意点を整理します。
1. ポジティブ関係コーピング
肯定的な人間関係を成立・改善・維持するための積極的な努力を指します。日常での具体例には次のようなものがあります。
・相手の話を最後まで遮らずに聞く(傾聴)
・自分の考えを率直に、しかし攻撃的にならずに伝える(アサーション)
・相手の良い行動に気づいたら言葉にして伝える
・誤解があった時に時間を空けずに話し合う
・第三者を巻き込んで関係修復のきっかけを作る
効果: 関係性そのものを良い方向に変える可能性が高く、長期的な対人ストレスの低減につながります。
注意点: 相手にも歩み寄る意思がある場合に効果を発揮します。一方的なポジティブ関係コーピングを続けると、自分だけが消耗するリスクがあります。
2. ネガティブ関係コーピング
人間関係を積極的に放棄・崩壊させる方向の対処です。具体例には次のようなものがあります。
・相手と物理的に距離を取る
・無理な依頼を断る
・関係を解消する判断をする
・関係性を保つことを諦め、必要最低限のやり取りに切り替える
効果: 自分のエネルギーを守り、消耗の連鎖を止めることができます。
注意点: 切ってはいけない関係(家族、職場の必須メンバーなど)に対して安易に発動すると、別のストレスを生むことがあります。「切る」のではなく「距離を再設定する」と捉えると使いやすくなります。
3. 解決先送りコーピング
ストレスフルな出来事を一時的に問題視せず、軽視・回避する対処です。具体例には次のようなものがあります。
・「まあいいか」と気持ちを切り替える
・気分転換に出かけ、いったん考えるのをやめる
・睡眠を取って一晩寝かせる
・趣味に没頭して頭をリセットする
効果: 短期的なストレス反応を抑え、感情的な暴発を防ぐことができます。
注意点: 慢性化すると問題そのものが解決されないまま膨らみ、後で大きな対立に発展する可能性があります。「先送り」と「放置」の境目を意識することが大切です。
3つのコーピングをどう使い分けるか
3つのコーピングはどれが正解というものではなく、状況によって使い分けることが大切です。ざっくりとした目安は次のとおりです。
| 状況 | 向いているコーピング |
|---|---|
| 関係を続けたい相手との誤解 | ポジティブ関係コーピング |
| 明らかに搾取的・攻撃的な相手 | ネガティブ関係コーピング |
| 感情が高ぶっていて冷静に話せない | 解決先送りコーピング |
| 構造的な問題(役割分担の不明確さ等) | 第三者を巻き込むポジティブ関係コーピング |
| 自分のエネルギーが完全に枯渇している | 解決先送り→ネガティブ関係の順 |
特に注意したいのは、ネガティブ関係コーピングと解決先送りコーピングが絶対的な悪ではないということです。「とにかく話し合えばなんとかなる」というポジティブ一辺倒の発想は、自分を追い詰めることがあります。短期的に距離を取り、エネルギーを回復してから関係修復に向かう、という順序の方がうまくいくケースは少なくありません。
性差データの読み方
加藤(2000)の調査では、女性の方がポジティブ関係コーピングの点数が高く、男性の方がネガティブ関係コーピングの点数が高い傾向が見られました。
ただし、この結果を「男女はそういうもの」と一般化するのは注意が必要です。この調査は2000年の大学生サンプルであり、社会的役割期待やジェンダー規範の影響が含まれている可能性があります。研修や1on1の場で性差データを使う場合は、「個人差の方が大きい」「同じ人でも状況によって変わる」という前提を必ず添えるようにしましょう。
統計データは、自分のパターンを振り返る鏡として使うのがちょうど良い使い方です。「自分はどの因子が高いだろうか」と考えるきっかけにする程度にとどめ、相手や他者を分類するためには使わないことをおすすめします。
職場で対人ストレスコーピングを実践する5つのヒント
1. ストレスを感じた直後ではなく、24時間後に行動する
強い対人ストレスを感じた直後は、ネガティブ関係コーピングが過剰に発動しがちです。まず「解決先送り」で時間を稼ぎ、24時間置いてから対応方針を選ぶと、後悔する判断が減ります。
2. 自分のコーピングのクセに名前をつけておく
「自分は基本ポジティブ寄りだが、疲れると一気にネガティブ側に振れる」など、パターンを事前に言語化しておくと、振り切れた時に立て直しやすくなります。
3. 1on1で困りごとを早めに言葉にする
上司や信頼できる同僚との1on1で、対人ストレスを抱えていることを早めに共有しておくと、構造的な解決(役割の見直し、相手とのバッファ役の設定など)につながりやすくなります。
4. 物理的・時間的な距離を設計する
席を離す、メール中心のやり取りに切り替える、ミーティングを短くするなど、「ネガティブ関係コーピング」に近い対処を、感情的にならず仕組みで実装するという発想が有効です。
5. リソース回復の時間を確保する
睡眠、運動、雑談、趣味など、自分のエネルギーを回復する活動を週次で予約してしまいます。リソースが回復している人は、同じ対人ストレスに対して使えるコーピングの選択肢が増えます。
ワークショップで対人ストレスコーピングを学ぶ:伊藤絵美先生監修「攻略!きみのストレスを発見せよ!」
対人ストレスコーピングを学ぶ方法として、書籍や講義に加えて体験型のカードゲームという選択肢があります。弊社では認知行動療法・スキーマ療法の第一人者である伊藤絵美先生監修のカードゲーム「攻略!きみのストレスを発見せよ!」を取り扱っており、研修やワークショップで活用いただいています。

このカードゲームは、参加者が日常生活のさまざまなストレッサー(ストレスの原因)に遭遇するシチュエーションカードを引き、自分ならどのコーピングを使うかを話し合いながら進めていく体験型プログラムです。プレイを通じて、自分が普段どんなコーピングを使っているか、他の人はどんな対処を持っているかが自然と見えてきます。
特に対人ストレスに関するシーンも多く含まれており、本記事で紹介した3因子モデルを「知識として知る」だけでなく、「自分の手札を増やす」という体験に変えられるのが特徴です。メンタルヘルス研修、若手社員研修、1on1のスキルアップ研修など、さまざまな場面で導入いただいています。
下記のフォームから資料請求・お問い合わせいただけます。
関連する古典理論:Lazarus & Folkmanの問題焦点型/情動焦点型コーピング
加藤(2000)の3因子モデルは、より古くから知られているLazarus & Folkmanの「問題焦点型コーピング/情動焦点型コーピング」の枠組みと整理して理解すると、立体的に捉えやすくなります。
・問題焦点型コーピング: ストレスの原因そのものに働きかけて状況を変えようとする対処。話し合いで誤解を解く、役割分担を見直す、第三者を巻き込む等。
・情動焦点型コーピング: ストレスから生じる自分の感情を調整する対処。気分転換、リラクゼーション、認知の切り替え等。
加藤(2000)の3因子と対応させると、ポジティブ関係コーピングは問題焦点型に近く、ネガティブ関係コーピングは状況によって問題焦点型(関係を切ることで状況を変える)にも情動焦点型にもなり得ます。解決先送りコーピングは典型的な情動焦点型と言えるでしょう。
問題焦点型と情動焦点型の使い分けについては、別記事「バーンアウトを防ぐ問題焦点型コーピングとポジティブ感情」でも解説しています。あわせて自分のコーピングのレパートリーを増やしたい方は「セルフケアのためのコーピングリスト(レパートリー)」もご覧ください。
まとめ|対人ストレスコーピングは”3つの選択肢”を持つことから始まる
対人ストレスは、コントロール不能感を伴いやすく長期化しやすいストレスの代表格です。加藤(2000)が示した「ポジティブ関係/ネガティブ関係/解決先送り」という3因子は、自分が普段どんな対処をしているかを振り返るためのシンプルなレンズになります。
大切なのは、3つの中のどれが正解ということではなく、状況によって使い分けられる3つの選択肢を持っておくことです。話し合えるときは話し合い、消耗しているときは距離を取り、感情が高ぶっているときは一晩寝かせる、というシンプルな使い分けでも、対人ストレスへの耐性は大きく変わります。
職場でメンタルヘルス研修やセルフケア研修を企画している方は、この3因子モデルを座学で扱った後、伊藤絵美先生監修のカードゲーム「攻略!きみのストレスを発見せよ!」のような体験型プログラムを組み合わせると、知識と実践が一気に結びつきやすくなります。気になった方は上記のフォームから資料請求してみてください。
論文の原典は下記からご覧いただけます。
