大地震や豪雨災害が続く日本で、企業の総務・防災担当者が向き合う最大の課題のひとつが「従業員と家族の食料備蓄をいかに当事者意識をもって整えてもらうか」です。マニュアル配布や一方通行のeラーニングでは、なかなか行動変容まで至りません。そこで注目したいのが、カードゲームを使った災害時の食料備蓄の学びです。本記事では、防災教育学の研究で開発されたカード型アクティブラーニング教材「家庭の食料備蓄について学ぼう!」の仕組みと、2026年時点の防災トレンドを踏まえた企業研修での活かし方を整理します。社内研修・地域防災・家族向け啓発のいずれにも使える実践的な内容です。

なぜ今、カードゲームで食料備蓄を学ぶのか

2024年1月の能登半島地震では、孤立集落への物資輸送が長期化し、避難生活が数週間に及ぶケースが改めて浮き彫りになりました。政府は2025年以降、企業のBCP(事業継続計画)における備蓄強化を繰り返し呼びかけており、内閣府・農林水産省はいずれも「最低3日分、できれば1週間分」の家庭・職場備蓄を推奨しています。一方で、総務省の世論調査では「備蓄している」と答えた世帯は依然として半数前後にとどまり、ギャップは埋まっていません。

講義形式で「備蓄しましょう」と伝えるだけでは行動につながりにくい――この課題に対して、体験型のカードゲームで自宅や職場の備蓄状況を「見える化」するアプローチが有効です。体験型研修とは?座学との違い・効果が高い理由をデータと理論で解説で触れているとおり、自分ごと化を促す学習設計は、知識伝達中心の研修よりも記憶定着と行動変容に優れることが多くの研究で示されています。

日本の災害リスクと企業の責任

内閣府「防災白書」で長年示されてきたとおり、日本は世界の約0.25%の国土面積でありながら、マグニチュード6以上の地震の約2割が発生する災害多発国です。近年は地震だけでなく線状降水帯による豪雨、大雪、火山活動も頻発しており、オフィスや店舗で働く従業員が帰宅困難になるリスクは年々高まっています。企業には、従業員の安全確保と事業継続のために「職場備蓄」と「家庭備蓄の啓発」の両輪が求められます。

教材「家庭の食料備蓄について学ぼう!」とは

今回ご紹介するのは、市販のゲームではなく、防災教育学の査読論文で開発経緯が報告されているカード型アクティブラーニング教材です。

ローリングストック手法と災害時の栄養問題を解決する知識を学ぶ
カード型アクティブラーニング教材「家庭の食料備蓄について 学ぼう!」の開発
前田 緑, 伊藤 智, 舩木 伸江
防災教育学研究 2021 年 1 巻 2 号 p. 63-70
https://www.jstage.jst.go.jp/article/rjde/1/2/1_63/_article/-char/ja/

食料品を描いた72枚のカードを用いて、参加者自身の備蓄状況を把握しながら「ローリングストック法」と「災害時の栄養バランス」を同時に学べるよう設計されています。小学校・中学校での防災授業はもちろん、企業の安全衛生週間や総務主催の防災イベントでも応用が利く内容です。

家庭の食料備蓄について学ぼう!教材カード 裏面

図1 「家庭の食料備蓄について学ぼう!」教材カードの一部(裏面)

家庭の食料備蓄について学ぼう!教材カード一覧

表1 教材カード一覧

ローリングストック法のおさらい

ローリングストックは、日常的に非常食を少しずつ消費し、消費した分を買い足すことで、常に新しい備蓄を家庭や職場に保つ方法です。内閣府のサイトでは次のように説明されています。

ローリングストック法は日常的に非常食を食べて、食べたら買い足すという行為を繰り返し、常に家庭に新しい非常食を備蓄する方法。
内閣府防災情報のページ

大規模災害時は物流が停止し、支援物資が届くまでに数日から1週間以上かかることも珍しくありません。家庭でも職場でも、最低3日分・できれば1週間分の食料・水・日用品を備えたうえで、賞味期限切れを防ぐためにローリングストックで循環させる運用が現実解です。

備蓄で見落とされがちな栄養バランス

論文では、災害時の食事について次のような注意喚起が行われています。

被災者の生命や健康維持を目的に支援物資が供給されるが、日持ちするものや手に入りやすいものから提供されるため炭水化物が中心となり、たんぱく質、鉄分、カルシウムが不足する傾向にあり、被災時の栄養バランスを欠いた食事が課題とされている。

自宅や会社のロッカーの備蓄を思い浮かべてみてください。レトルトご飯、カップ麺、アルファ米、乾パン、菓子類――ほとんどが炭水化物中心になっていないでしょうか。長期化する避難生活では、このバランスの偏りが便秘・貧血・体調不良・高齢者のフレイル進行といった二次的な健康問題を招きます。

三色食品群による「見える化」

教材カードは、小学校の家庭科でも使われる三色食品群(赤:たんぱく質・ミネラル/黄:炭水化物・脂質/緑:ビタミン・食物繊維)で色分けされています。自分が選んだカードを裏返すと、備蓄が何色に偏っているかが一目で分かる仕組みです。多くの人で、緑(野菜・果物・海藻等)が極端に少ないことが明らかになります。

栄養の役割 備蓄例
体をつくる(たんぱく質・ミネラル) サバ缶・ツナ缶・大豆・プロテインバー
エネルギーになる(炭水化物・脂質) アルファ米・パックごはん・乾パン・菓子
体の調子を整える(ビタミン・食物繊維) 野菜ジュース・乾燥野菜・フルーツ缶・海藻

ゲームの進め方(約45〜60分)

論文で紹介されているワークの流れは、次の3ステップです。企業研修として実施する場合も、参加者を4〜6名ずつのグループに分けるだけで基本の構造は変わりません。

1. 現状把握:災害時に備えて食料を備蓄しているかをグループ内で共有。備蓄している家庭は「実際に備えているもの」、していない家庭は「これから備えようと思う食材」をカード群から選びます。

2. 可視化:選んだカードを裏返して色別に集計。三色食品群のバランスが偏っていることを自分の目で確認します(多くの場合、緑が少ない)。

3. 解説と行動計画:三色食品群を意識した備蓄の必要性とローリングストック法、調理器具・カセットコンロ等の周辺アイテムについて講師が解説し、参加者は「持ち帰って実行する一歩」を宣言します。

「ローリングストックをやりましょう」と先に伝えるのではなく、先にカードゲームで自分たちの現状を知ることで、その後の解説への集中度と納得感が大きく高まるというのがこの教材の最大の価値です。学習デザインの観点からも、アクティブラーニングとビジネスゲームの関係性で整理したとおり「経験→省察→概念化→実践」というコルブの経験学習サイクルに素直に沿った設計になっています。

企業研修で応用するときの3つのポイント

1. 職場備蓄と家庭備蓄を両輪で扱う

企業での防災研修としてこの教材を応用する場合、「家庭の備蓄チェック」にとどめず、オフィスや店舗の備蓄チェックも並行して行うと効果的です。帰宅困難者対策として東京都・大阪府など多くの自治体が3日分の職場備蓄を事業者に求めており、総務部門の棚卸し機会としても機能します。

2. アレルギー・宗教・高齢者・乳幼児への配慮

ダイバーシティの観点から、備蓄品にアレルギー対応食、ハラール食、やわらか食、液体ミルク、乳児用アルファ米などが含まれているかも議題にしましょう。多様な従業員・家族構成に配慮した備蓄は、インクルーシブな防災の第一歩です。

3. 防災ロゲイニング等の街歩き型研修と組み合わせる

食料備蓄カードは室内・短時間で完結するため、屋外のフィールドワークと組み合わせると学習体験がより立体的になります。HEART QUAKEでは、街を歩きながら地域の防災資源を発見する街歩きゲームで学ぶ防災研修「防災ロゲイニングカード」を提供しており、防災ロゲイニングカード|防災研修×チームビルディングとして企画から実施支援まで対応可能です。午前に食料備蓄カードで「わが家・わが職場」を見直し、午後に街歩きで「地域の備え」を体感する1日プログラムが人気です。具体的な進行は防災ロゲイニングカード実施の流れをご覧ください。

防災ロゲイニングカード

関連して押さえておきたい研修デザイン

食料備蓄ワークをより深く活かすには、学習設計全体の視点も欠かせません。研修ゲーム全体の選び方については面白い研修ゲーム15選|累計4,500社以上の実施実績から目的別に厳選を、未来から逆算する考え方でBCPを検討したい場合はバックキャスティングをカードゲームで体験するワークショップを参考にしてみてください。屋外型の防災・チームビルディング研修としてはロゲイニング研修 | アウトドアでできるチームビルディングも選択肢になります。

まとめ:カードゲームは備蓄を「自分ごと」に変える

災害時の食料備蓄は、知識として知っているだけでは意味がなく、実際に家庭・職場にモノが揃っていて、かつ栄養バランスが取れている状態をつくることが重要です。「家庭の食料備蓄について学ぼう!」のようなカードゲーム型教材は、参加者が自分の備蓄を棚卸しし、偏りに気づき、改善の一歩を踏み出すきっかけを提供します。2026年以降、大災害への備えはますます企業・家庭の必須テーマとなります。年に一度の防災の日や安全衛生週間に合わせて、ぜひ体験型の学習機会を設計してみてください。

ローリングストック手法と災害時の栄養問題を解決する知識を学ぶ
カード型アクティブラーニング教材「家庭の食料備蓄について 学ぼう!」の開発
前田 緑, 伊藤 智, 舩木 伸江
防災教育学研究 2021 年 1 巻 2 号 p. 63-70
https://www.jstage.jst.go.jp/article/rjde/1/2/1_63/_article/-char/ja/

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